(not) here, (not) now

実在作品のネタバレ含む//日記のような小説のような日記のような

ep1_2018_2_9_『MR.ROBOT』における三分割法について

It’s happening.
タイラー・ダーデン(Tyler Durden) の意志を継ぐかのように革命への第一歩を踏み出したとき、エリオット・オルダーソン(Elliot Alderson) はその言葉を頭の中で幾度も唱えた。サム・エスメイル(Sam Esmail)のドラマ『MR. ROBOTパイロット版、「やあ、君(eps1.0_hellofriend.mov)」 におけるラストシークエンスでのことだ。
確かに、快調に猛進する資本主義と消費社会のもとでは、わたしたちの「本当の生」はまだ始まってなどいないと考える人は、少なくないのかもしれない。
森羅万象が記号となって差異のゲームを延々と続けるこのポストモダンにおいて、「この生はまぎれもなく自分自身が望んだものなのだ」と思える人は、驚くほど少ないのかもしれない。
だから、エリオットは疎外された魂が救済されるかもしれないという期待を感じて "It’s happening." と言ったのだし、シーズン1のクライマックスでは、デヴィッド・フィンチャー(David Fincher)の『Fight Club』でエンドロールを飾ったピクシーズPixies)の"Where is My Mind?"がピアノアレンジで流れ、シーズン2の第8話「後継者(eps2.6_succ3ss0r.p12)」では、エリオットの幼なじみであるアンジェラ・モス(Angela Moss)がTears For Fearsの "Everybody Wants to Rule the World" を歌った。

フィンチャーの『Fight Club』で、エドワード・ノートンが一番最初に殴ったのはブラッド・ピットの左耳よ」
少々長い手洗いから戻ってきた同居人――名前は仮に「みさき」とでもしておこう――は、ソファに座っているわたしの横に腰かけるなり、いちご味のカクテルを一口含んでからそう言った。
「わたし、口に出してた……?」
「それとなく、ね」
みさきは、わたしの眼前に猫パンチのような小振りのジャブを2回ほど叩き込んでから、続きの言葉を発した。
「私が左耳を殴ったら、革命の音が鳴るかもよ?」
「鼓膜が破れてせっかくの音がよく聞こえないかもね」
「もー、冗談だよー」
そう言うと、みさきは缶を無言でわたしのほうに差し出してきた。みさきの表情を伺うと、すでにわたしが見返していた『MR.ROBOT』の映像に視線を固定させていて、わたしの反応など気にしていない様子だった。というよりも、わたしが缶を絶対に受け取るということをわかっているのだ。みさきが口をつけたカクテルをわたしが受け取らないはずがない。
パイロット版だと、意外と隅に寄ってないね」
みさきの言葉がわたしの記憶に目隠しをした。
いや、むしろこれまでのわたしの記憶こそが色のついたフィルタに覆われていて、みさきはそれを取り払ってくれたのかもしれない。
「ごめん、止めてみてもいい?」
みさきは一言、「もちろん」。

例えば、Jerry Chuが指摘しているように、パリの北部にあるDONTNOD Entertainmentが開発したアドベンチャーゲームLife is Strange』では、プレイヤーキャラクターが三分割法に則った三人称視点で配置されている。そうすることで、モニタの向こうの世界をプレイヤーに存分に見せることができる。美的工夫の一種だ。
『MR.ROBOT』でも同じ作法に則っていると思われる構図が頻出するけれど、この作品におけるそれは少々セオリーから外れているんじゃないかと思うくらい被写体が画面の端に追いやられているから、わたしは、それもまた彼らの疎外感を演出するための映像的比喩だと思っていた。
みさきの言葉が正しかったとして、その読み自体を退けるつもりはない。けれど、もし本当に正しかったとしたら、その意味合いは少し変わってくるはずだという声が浮かんでくる。「なるほど、彼らは疎外感を感じていることには異論はない。しかし何から?」といった具合に。
「ほんとだ……」
いくつかのエピソードを早送りで確認し終えたわたしは、まぬけなつぶやきを漏らした。
みさきの言うとおり、パイロット版においては、この作品に特徴的なあの極端な三分割法は採用されていないと言い切ってもいいレベルだった。続く第2話でようやくその兆候が現れ、以降、その度合が一定のレベルに達したところで様式化されているように見受けられる。

落ち着いて整理しよう。
まず、『MR.ROBOT』とはなにか。
それは、エリオットが世界を救おうとする話だ。
エリオットは社交不安障害(Social anxiety disorder)を抱えながらニューヨークのサイバーセキュリティ会社「オールセーフ(Allsafe)」に勤めている青年で、プライベートではハッカーとして活動している。同僚や知人のSNSを覗くだけのこともあれば、児童ポルノの巣窟を暴き出して警察に通報することもある。
ある日、オールセーフがハッキングに遭い、エリオットは見事その防衛に成功する。しかし、それをきっかけとして、オールセーフ襲撃の犯人である中年男性「Mr.Robot」から、彼の率いるハッカーグループ「f・ソサエティ(fsociety)」に参加し、巨大コングロマリット「Eコープ(E Corp)」――企業ロゴはあの「エンロンEnron)」のそれをほぼそのままと言っていいレベルでデザインされており、エリオットは「悪魔コープ(Evil Corp)」と呼び人々を苦しめる元凶だとでもいうふうに憎んでいる――の金融データをクラックすることで市民の負債を帳消しにする計画を持ちかけられる。
タイラーは実体のない記号に対して肉体的・物質的側面から対抗したが、その失敗(?)の延長線上にいるエリオットたちは、実体がないのならばクラックすればよいと考えたんだ。
パイロット版のラストではその手始めに、Mr.Robotの指示に従ったエリオットの暗躍によりEコープのCTO「テリー・コルビー(Terry Colby)」が逮捕され、それが革命の序曲="It’s happening."となる。
そして、本作の極端な三分割法はこれ以降に登場している。

どういうことか? シーズン2まで観ればその意味はよりはっきりとわかる。
シーズン1のクライマックスで、エリオットたちはついにEコープの金融データをクラッシュさせる。けれど、シーズン2ではその尻拭いに追われることになる。雑に言えば、計画で幸せになった人もいるが、不幸せになった人も大勢いたのだ。
つまり、本作における極端な三分割法は、エリオットがfxxxしようとした社会からの疎外感ではなく、革命の代償としてどんどん乖離していってしまったエリオットたちとそれまでの日常との距離を表現していたんだ。

そこまで考えたところでいてもたってもいられなくなり、わたしはこの明晰夢の世界から抜け出て、現実世界でも映像を確認してみることにした。